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夏の詩

この間発掘した詩の第2弾。

「虫のすもうとり」
カブトムシとクワガタムシが
すもうしている
どっちが勝つかな
どっちが勝つかな
のこったのこった
せみがぎょうじさん
ぼくはお客さん
横づなカブトムシが負けた
ぼくははっぱを投げた

「夏のおわり」
楽しかった夏休み
悲しかった夏休み
うれしかった夏休み
いろんなことがあった夏休み
でも今日もぼくは遊ぶ
田んぼにいったら赤トンボ
もうすぐ夏が終わる
あっ
宿題やってない




このころの純粋な気持ちを忘れたくないと感じます。

伝えることの難しさ

2ヶ月ぶりくらいに自分の恩師とご飯を食べてお話をしました。
今やってる卒論の話をしたり、アルバイトでの話をしたりして過ごしました。

自分がアルバイトとして働いている中で迷ってることを相談しました。
予備校で働く中で、僕に求められていることはなんだろうということです。
学力を上げることはもちろん求められているんですが、そこかなって、それだったら自分じゃなくてもよいのではないかと感じていました。
自分が高校生だった時、めちゃくちゃ低い学力で、母親にも辞めろって言われたり、顧問の先生にも厳しいぞと言われたり、現実的に見て厳しい状況の中でやってこれたのは、やっぱり目標というものがあり、自分の中でそれと向き合うという作業をしていたからだと思います。
自分がやっている卒論も、スタートはそこだった。
その作業を通して生まれた気持ちがモチベーションとなり、それが辛い中でも自分の中の心の声を聞き取り、後悔のない選択ができることに繋がるだと思います。

ただそれを伝えることが予想以上に難しい。
自分が持っているイメージを伝えてもそれを相手が持っていないと、なかなか伝わらない。
伝えることも大事なんだけど、伝えないことも大事と、恩師には言われました。
全てを伝えてしまうと情報量が多すぎて、伝わらないのだと。

あと半年もすればアルバイトを辞めてしまうので、後輩に何を伝えないといけないか
自分の思っていることを伝えていきたいと思います。
それができなければ持続可能なものとは呼べないので。

目標も同じ。目標なくただ勉強しているだけでは持続可能とは言えない。

生徒への伝え方、後輩へ伝えることを意識して、アルバイトの後半戦をやっていこうと思います。

球児たちを見て

星稜高校対鳴門高校。

今。12対1で9回を迎えて負けている星稜高校。
正直言って絶望的な点差だ。
ただ、スタンドで応援している選手も出ている選手、ベンチの選手も泣いたりしていない。
諦めていない。

野球というスポーツの特性かもしれない。
時間に縛られず、3つのアウトが取られるまでは続けられるという。

しかし不思議なことに僕が高校の時にしていたバスケットボールでもそうだった。
バスケットは逆に時間というものがあり、物理的に不可能ということが言えてしまう世界だ。
それも相手はインターハイに出たチームだった。
今になって思い返せば、試合の途中には、いや当たる前には最後の試合だと感じていた。
ただ、試合中には涙は出てこなかった。
なぜか泣いたやつは1人いたけれど。笑

ただ最後の笛が鳴った瞬間涙が出てきて止まらなくなったんだよなあ。
区切りといか、その時間まではバスケができる時間ってそう捉えていたのかな。
とにかく、あの時は自身の中でも一番じゃないかというくらい涙を出したのを覚えている。
それだけ高校バスケにかけた時間とか思いとか強かったんだと思います。

と、そんなことを思い出していました。

同時にあんだけ熱くなって毎日を過ごすっていうことがなくなったことを感じました。
というよりは、それをもう別のベクトルに移していかないといけないんだろうと。
スポーツで熱くなって毎日を過ごす権利というか、能力は自分には与えられなかったということだと思う。
本当はバスケットもやりたかったし、野球もやりたかった。マラソンだって。
でも、そいつはちょっと僕の役割じゃなかったかな。自分の周りにはもっとすごい人たちがたくさんいる。
だからといって夢をなくしたわけじゃないし、追いかけてないわけじゃないんです。
次は社会のために、人のために、モノをつくるというフィールドでそのスポーツに出すことができなくなった熱を放出していきたいと思います。

高校球児を見ながらそんなことを考えていました。

あっという間に8月になっていました。

先日、実家が引っ越しをしてその中から文集だったり
本の感想文だったりが見つかりました。

その中から詩が見つかったので、そのいくつかを紹介したいと思います。
小学生の自分には何が見えていたのか。

「たんぽぽ」
僕が歩いていると
何にも草も木もないアスファルトに
たんぽぽが咲いている
まるで雪山でそうなんした時の
明かりのようだ

それから何日かたった
たんぽぽは
雨にもまけず
風にもまけず
咲いていた
今日も
そうなん者を助けてくれる

「お花見」

春のポカポカ陽気の花見時
ねっころがると
桜の雨がふっている
屋たいの方からいいにおい
全てが春に感じられる
ああ 気持ちいなあ

季節という詩集の中から春の2作品です。
幼い頃の自分が残した文章を見て不思議な気持ちになっています。

心揺さぶられる言葉

卒論を順調にかどうかはわからないけれど、進んできている。

若干文字起こしでサボっているところもあるので、そろそろちゃんとに向き合いながら進めていこうと思う。

ある人の宝物と夢の関係を紐解いていくことは、自分のためにもなると感じている。
その人が大事にしてることが自分の中ではなぜ大事にしてるものではないのか、気づいてないだけなのか、それとも別のところに自分の気持ちが向いているのか。
自分にはないものを持っている人に気づかされることもある。

先日、僕の親しい友人にインタビューを行った。
大学1年の後半に出会ってから、ふざけることもありながら、お互いに応援しあってきた仲だ。
彼女から発せられる言葉は昔から、自分の感情に素直な言葉で、見る人によってはおかしいと言う人もいるかもしれないが、真に迫る言葉である。思ってることに嘘をつかないし、隠しもしないからだ。

そのインタビューの中で、彼女が放ったある言葉に心が揺さぶられた。
持ってるものに対して、努力も才能も必要だけれど、それ以上に人に見せ続けることが重要なんだよ。
という言葉だ。
すごかった。
自分では意識していなかったし、できていないことだった。
まさしく、彼女が、彼女の経験の中で苦労したこと、乗り越えたことを含めて、見てきた世界から生まれた言葉だった。

敵わないなと思いつつも負けたくないなと感じました。

specialページで詳しく書いていくので、ぜひチェックしてください。