江藤祐治(56)

ーそれでは、じゃあ、なんでこの写真を人生の中で、自分の人生の中で大切なものとして選んだのかっていう。

うーん。えーっと、まずこの写真っていうのは、あの、僕が大学の時に、まあ演劇研究部、通称劇研ていうところに入ってて。その時にやった、あの僕が演出した芝居のチラシがこの写真。
で、その、なぜそれが一番大事買って言うと、まあ確かに、まあ小さい頃からずっと色々考えて、大事なものってなんでその、その年代その年代で多分あったんだろうけども、まあ自分、こう生き方っていうか人生って、その、そういうものの中で、こう非常に大きな転換点というか、そういう一つのポイントとなる時期の、うーん、一つの象徴みたいな、それがこの写真。
だからその、これが、これそのものがていうよりは、この時代っていうのが自分の人生の中でかなり大きな時代であったという意味で、それの象徴としてこの写真がって感じ。


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ーその時期が大きく変わった、転機となったと言ってるんだけど、どういう風に。

多分ねえ、まあ、田舎の出身じゃない僕は。えー、熊本の山の中、まあ山の中はおじいちゃんちなんだけど、自分ちはもうそんな山の中でもないんだけど、まあ田舎の方だよね。
で、多分、文化的にもどっちかって言うと、ちょっとこう幼いとかおぼこいというかね、東京とか大阪とか京都とか、ちょっと先走ってた人たちが他にもう全然進んだところを、こう先端なところを走ってた。熊本田舎だから、あの読んでる小説とか音楽なんかにしても、ちょっとこうね幼いというか、あのは〜みたいな、そういうレベルにいた、あー人間なんだけども。
それが、その、まあ一応関西に出てきて。大学がこう、関西だったんだけども、うーん、やっぱりその九州の田舎の方とはちょっと違う文化があって。で、こう、目が開いて、目からうろこみたいなことがいっぱいあったわけ。
まあだから、あの、自分の中で大変だった、そうやってこう、鬱々として、あーしかもこうなんか田舎でなんかえーことないかなみたいなこと思いながらこう、そんな人間がこう出てきた時に、あ、こんな世界があるんだっていうのを気づかされたってのは、まあその劇研、ってか演劇の時代になる。
まあそれがだから、あー、一番大事なのかなって。変わっていったっていうか、その、性格とか色んなことも含めて、大学に入ってきて変わったものが大きかったっていうのかな。そういう意味。


ーそれがどうして大切なのか、変わったことが。

それはやっぱり、なんて言うかな。あの、簡単に言ってしまうと、その高校時代あんまりこう友人とか、まあ恵まれなかったというか自分の方から閉じてたというか、割と孤立しがちで。うーん、で、高校の3年間て、あまり暗い感じの、あの、えー3年間だったので。
で、自分一人でその、たまに映画見に行ったり、まあ小説読んだりして。あんまりそのことについて、こう人と話し、語り合ったりとか、そういう面白さを分かち合う、そういう繋がりとか、そういうものがあんまなかった。
まあほとんどこう、1人でなんか夢想してるような、妄想してるようなそういう人間だったんで。で、中央に行ったらなんかいろんなもんがありそうだなと思って。
まあ東京じゃなかったんだよね。関西。
確かに、そういう風に全然違うものがあって、しかもそのことに、なんかこう、当然ほら大学だから下級生、ねえ上の人がいるわけ。そのなんかこう、色んな人が色んなことを話すわけ。で、そん中でこっちも色んことを聞かれて、答えて、でなんか気づかされてることもいっぱいあるし。

だからこう、ちょっとかなり新鮮だったね、そのまず最初の方。それはまあ1年生の時だから、これの多分3年前の話なんだけど。で、まあだんだんこう、そうやってこう、そこでやっていくんだけども。えー、非常に小さなコミュニティだったのね、その、うちの部活っていうのは。それこそ、もう10、20人越えないような、一番大きい時で10人越えるくらいの。すごい小さいコミュニティでこう、濃密な人間関係があったんで。
当然そこで、なんかこう、とにかく、毎日なんか4時ごろからは部室にみんないるみたいな。そこで練習して、8時頃まで、毎日そこにいる。授業に出るよりもそこにいる方が多いみたいな。そういう、あのあまり褒められたもんじゃないんだけども、まあそういう生活を4年くらいやってたから。まあその、そういう意味で一番自分の中で濃い、濃い時期だったかな。そんな感じかな。
で、いいのかな今の話、それで、質問に対して。そんな感じかな。


ー変わったことがなぜ大切かってところ。

変わったことが大切だってのはやっぱり、その、それまで、こんな、自分の中でこう完結した世界が、実は非常に小さなものだってまあよくわかったってことかなあ。
実は世界はもっと広いし、で、色んな人がいるし、あの、もの考えてるのも自分だけじゃないっていうかね。で、うん、そう、それが一番大きかったね。
だからそれが、まあ変わったのがなぜ大事かって言われると、なぜって言われたらよくわかんないけど、あのそれ、それまでのこういうこうちっさな世界から、やっぱりでも、ちょっと広がった。かなり大きく広がったっていうのがあるんじゃないかな。
それがやっぱ大切なことだったと思うけどね。でも引きこもりに近いような、その精神状況から、そのもっと目を向けられるように、それが大事だって、やっぱ大切だって思った。


ーあとこれがちょうど4年生の時の写真ていう理由とかってのは。これだっていう。

4年生の時だね。うーんあ、それは、学外で公演をやったの。で、その当然、学生会館のホールとか自分たちの部室開けるにしても、こう本当に狭いとこでやってたような時に、学外のえーっと、小屋を借りて公演したの。僕らの時代で初めてやったんだけども。
で、その時のやつっていうことで、だから自分にとってもまあそれはけっこう大きなチャレンジで。そういう意味でかな。


ーじゃあその時代の中で、一番こう、大きく残ってるっていうか象徴的に自分の中に残ってるもの。

そうだね。そうだね。うん。
で、これちょっと余談になるけども、実際このインタビューの中でも、全然外してもらってかまわないんだけども。俺が1年で入って、その時にまあ上級生がいたんだけども。入ってすぐ1ヶ月くらいで解散しちゃったの部が。解体って。
なんかね、あのその時やってた清水邦夫っていう人の幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門っていう、平将門を扱った戯曲があって。平将門っていうのはその平氏一族っていうのは茨城の方のこう部民っていうのかな、被差別部落民からのこう出自はそういうものだとかっていうなかなかフィクションも交えてると思うんだけども、そういう設定で。だから、その中で、そういう被差別部落の問題もちょろっと出てきたりすんの。
それに対して色んなとこから、そういう戯曲に対して、こうあるいは部落会保険とかいろんなとこからくる。そんな戯曲をやる資格があるのかみたいな、そういう話がまあ一年生だからなんにもわかんない。でもなんか上はなんかごちゃごちゃ言ってんの。

それで、なんか、それも外のホールでやる予定が決まってたんだ、公演予定はあったんだけども。5月連休過ぎたあたりだったかなあ、なんかいきなり、解散だーみたいになって。10何人いて、芝居もほとんどもう立ち稽古なんかもやってたんだけど、解散だーとか言って。どーすんですか僕らは、ね、1年生でね。で、僕と、だから2年生の人が1人、もうやり直すってまだ続けますって。他もうみんな辞めて解散て、でもその人はやります。
で、俺わかんないから、じゃあやりますって、僕ともう1人そのヴォードヴィルに行った同級生が1人、東京ヴォードヴィルショーって、今のワハハ本舗。あれの創立とかなんかの時いたんだよね。その子と2人で残って、だから3人でやり始めて。
そうすると、それがだんだんちょっとずつ増えていって、まあ10人とか15人くらいになったんだけど。そういう意味で言うと、公演を外でできるって言うのはそのころこう、なんて言うの、わかるでしょ、3人くらいしかいない。3人しかいなかったら何ができんだって。で、それがだんだんちょっとずつ増えていって、まあちょとした芝居をやれるようになって、4年の時にじゃあ外で一回公演やろうかことになった。そうだから、自分の中ではそういうぐじゃぐじゃやって、やっとああできたっていうそれがそれ。


ーあとは、高校生の時はその引きこもり的な感じだったって言ったけど、その中で、こういう部に入ったってのはきっかけってのは。思い出せないかもしれないけど。

うーん、なんだろうねえ。それはなかなか難しいねえ。えーっとねえ。きっかけはねえどうだろう。なんか文化祭じゃないんだけど、なんか知らないけども卒業生を送る会とかああいうので、ちょっとしたこうそういうドタバタ劇をやったとか、そういうのが中学の時にあって。
で、高校に入って、そういうやる機会は全くなかったけど、劇団四季のエクウスっていうタイトルの芝居なんだけど。市村正親が、まだすごい若くてデビューくらいの若手で主演をやったんだけど、それを卒業間際に見たかなあ。
あと新聞の記事なんかでいろいろ、そのころアングラの芝居が流行ってて。なんか、東京ではこんなテントでね、テントで、そんで芝居、なんかあのブルドーザーみたいの持ってきて、なんかこんななってってすごい記事があったりして。なんか田舎とは違うぞみたいなことを、いろいろ思ってて。それで、なんか、なぜか知らんけどもう、大学入ったとき演劇部ってぱっと最初に行っちゃったね。
だからそのことはなぜって言われると、ちょっと答えがあんまないんだけども。


ー中学校、高校の見てきたものだったりとか。

なんかそういうもんだろうねえ。
で、俺中学の時野球部だったからね。だからみんな、多分、ほとんど友だちいないから会ったことないけども、中学の頃の友だちに会って俺が芝居がどうとかっていう話に、そういう話になったら、はあ?って話になると思うよ。そんな感じ。


ーこの写真を、一言で表すとしたら、自分にとってどういうものかって表すとしたら、なんていう。

一番自由になれた時代の象徴かな。自由っていうのはこうなかなか定義が難しいけども。
例えばその頃、実は本当はそんなことないんだけども、その頃思ってたのは、自分は、まあ好んで結婚みたいなことばかり書いたのね、台詞ばかり。
自分はその、ものを書いたり、原稿用紙に字を埋めている時が一番自由になれるってことを人に言ったの。その先輩が、江藤なぜそんな書くんだって。書いてる時が自分が一番自由だ。その、もう自分がその好き勝手表現できるとか創造力のままに書けるとかそういうことだったと思うんだけど。俺はその時一番自由なんだってことを人に言ったの。
で、今考えたら本当にそうだったかどうかはわからないんだけども、まあそういう思いはあったのかな。
で、まあ自分が書いて、こう、一応こう一時間くらいのものにして、ね、演出まで持っていって。まあ自分の中で一番その、自分が一番自由でいた頃のまあシンボルみたいなものかな。


ーこの時代が今とこう繋がってるなって感じたりとか、この時代がなかったらこうなってんじゃないかなって思うことだったりってのは。

多分ね、その直接的な繋がりは、今こんな仕事を選んでるから、その芝居、直接芝居をやってないしね、あの直接的な繋がりはないんだけど。
だから、自分、その大学の時、大学の4年間で、まあ学んだって言ったらおかしいけど、色々経験したこと体験したことって、これがその後の人生の向きになってるのはこれは確かなこと。これがなかったら多分、自分はもし高校の時のまんまでね、そのままなんか普通に大学生を過ごして、こういうことがなくて、普通に過ごしてたら、俺どうなってたんだろうって。
あの、仕事に関してもなんかどんなことやっていいのかもわかんなかったし、この時に、あの自分の中では、その、あ、自分が好きなことやっていいんだ、好きなことってのは非常に無責任な言葉かもしれないけども。中から自分のエネルギーを、こう外に向けて出していくことが本当は大事なことなんじゃないか。その受け入れるばっかりじゃなくて、人に言われることとか、こうなんかきちんとやんなきゃいけないとか、そういうことが、もちろんそういうことも当然必要なんだけども、自分がやりたいことっていう、そういう代表されるようなこと、自分の中のエネルギーを外に出していくってことが、実は本当は大事なことなんじゃないかなって思えたことかな。
で、そうしないと、なんて言うのいかな、その、最終的には自分はつぶれていっていくんじゃないかなっていうね。
まあ、そういう、そういうところかな。


ーじゃあこの大切なものの写真について、自分の今、心の中に残ってることで、なんか言い足りないなあってことがあったりしたら。

うーん。そうねえ。
だからうちらの部活はやっぱ特殊だったかもしんないね。
今度もあの、これも余談だけど、あの会おうとか言ってるじゃん。何十年ぶりかに。やっぱり、かなりこう、濃かったんだね、やっぱりね。その、小集団がさ、毎日毎日顔つきあわせて、で、こう練習の後に今度は飲みに行ったり、誰かの下宿に集まってこう話したり、夜中まで話したりね。そういうことこう延々と続けてたから。
だからまあ、非常に濃かったし、あの、それが今でも繋がってることなんでしょうねえ。あと、そうね、全然価値観の違った人に出会ったってのは大きかったね。

もう例えば先輩で、なんか、ふにゃふにゃしててなんかこう、バイトもできない、なんかねよくわかんない、こうなんか行ったら、いつも下宿のベッドで寝てて、寝たきり老人とか言われて。いや、この人大丈夫かなって思ったら、この人がなんか芯が妙に強くって、で、独自のこう考え方、ものすごくふにゃふにゃしてそうで、頑固な、自分の考えを曲げない、絶対曲げない。
でね、論破しようとしても、でもね江藤とか言いながらさ、これはねとか、そうなんか粘り腰があって。なんかね、人は見かけに、もちろん、見かけによらない、頭ではわかってたけども、なんかそういうのが直に体験できたかな。あ、この人はこういう特徴があって、実は見た目でこんな風に見えるのに、実はこの人ひょっとして一番強いかなとかさ。なんかこう、強そうでもあったり、あるいはこう色々こうタイプはあるの。ね。実はこの部分でものすごい力発揮するけど、なんて言うか、色んな人がいるってのを見れたかな。

特に演出とかしてると、1人1人を演技させたりするわけだから、そうやって。そうすると色んなもの見えてくる。それはかなりおもしろい体験だったかなあ。本当に人はもう見掛けによらないっていうかね、で、話してただけでもわからん、やっぱつきあってみないとわかんないっていう、あのそういうの体験できたの大きかったねえ。
で、本当にみんな実はおもしろい、実はみんなおもしろい。でもそのおもしろさをわかるまでつきあえることってあんまないから。だからもう今でも思うのが、見かけだけとか、そういうのだけで判断しないように。実はこの人がひょっとすごい部分をどっかに持ってるかも、今はね、見えないかもしれない。でもみんなそういうもんだと思うよ。その立場立場によって見えてくるものが全然違うからわかんないと思うけど。で、そういうのがまあ体験できたのが大きかったかなって気がするかなあ。まあそんなところかな。
あと語り出すと長いからもうやめた方がいいかもしれない。


ーでは、そうすると次話が変わるんだけど、この写真と関係なく、自分のこれからの将来の夢とかこうやっていきたいとかこうなりたいでもいいんだけど、一番強く思ってること。

これ、字になるの。うわ、やべーなこれ。
まあ、まあもう一本芝居なり、それが芝居なのかフィルムなのか、なんかわかんないけども、その表現となる、なんか形になるものを1個作りたいと思ってる。
今、仕事でほら、まあちょっとしたコピー書いたりとか、あの、ね、インタビューの取材の記事を、例えばやったりしてるけども、それはその、全然、なんかこう表現というものとは違うかなと。その、表現がどういう形で取るのかわかんないけども。それはなんかの形にしたいなと。それはすごく思うね。
うーん、そこ見えないから、それ以上のことは言えないんだけど。

ほら、そうしないとなんか中途半端、まあ気持ちの整理がつかないかな、こう。
別にその、例えば友だちがなんや有名になってるとか、別の友だちが芝居やってるだとか、それは、それはそれでね、ただ俺、あんまりうらやましいって気持ちはないね、そのことに関して。あんまりうらやましいとかさ、いいなとか、まあそりゃいいなとかね、そりゃちょっとは思うけども。
なんか、それとは別の感覚のような気がするんだけどね。自分がなんか中途半端だって思ってる気持ちは。ああなりたいとか、こう、ね、そういうのとはちょっと違う気がするね。まあそこで、なんかこうちゃんとしたこう、形にした時になんかはじめて、今のこう中途半端な気持ちが消えるんじゃないかなって気はするけどね。


ー表現することで、気持ちを整理させたいみたいな。

そうねえ。
だからその、じゃあなんで今までしなかったのかって言われるとまあそれはね、いろいろあるんだけど。あの、そう、なんかやっぱり、そうね、整理っていうか、あの。
さっき一番最初、さっき言ったけど、その自分の欲望っていうか、こうやりたくてこうエネルギーを外に、ね、向かってこう出してくことが大事なんだけど、まあそれを、もう一回、もう一回それをこう、まあ強く思うって感じかな。


ーじゃあこの時代に思ったことがまたこう再燃してきた。

そうね、そのことは再燃ていうか、まあずーっと。ずっーとあったんだろけど。そのことはずっとあったんだろうと思うけども。だから、その手段とかまあ方法とかね、いろいろ、こう、うまいこと噛み合なかったんだろうけど。
それは思うけどね。


ーじゃあやっぱりこう表現することが好きというか。

そうね。
ただその表現ていうのは、たまたま僕はこういうもんであって、芝居とかこう映画とかそういうね。まあこういうのに出会ったから、そんなこと言ってるけども。
表現ていうのはなんかやっぱり、別の形でもいっぱいあるとは思うんだけどね。だからなんか、自分が今のやってる仕事でこう満足してないってのはやっぱりその、たまたまこういうのに出会って今のものとちょっとしたズレを感じてるからそう思うんだけども。


ー表現の形というか手段が違う。

うん、そうそうそう。それは色んな、例えばほら、ここでこう料理、料理作ってねこう美味しいもん出してっていう、そういうものだって表現だし。あのー色んな形があると思うよ。で、たまたまそういうことをやってたから、そういう風に思う。


ーじゃあ、自分の表現の仕方としてこういう演劇だったりっていうものが好きっていうのを気づかされたこう時代でもあったと言えるのかな。

それはそうだね。自分のなにをやっていいのかとかなにが好きなのかわかんない時に、ぽんとそこに行って、ああ俺やっぱこういうこと好きなんだなとかっていうのね。それは確かにあったね。だから、高校のときそんな引きこもってこんな暗ーい人間がね、意外と色んな世の中には楽しいことがあるんだなと。


ーそれはじゃあ、でもまあ具体的にこう何年後にやりたいとか、構想としてあんの。

それはやっぱ子どもたちが卒業したらみたいな話じゃないの。あと2、3年後ってことなんじゃないの。


ー手がかからなくなったら。

うん、本当はもう大学入った時って思ったんだけどね。今度は自分の方が、あの、思った以上に衰えてて、あの創造力も色んなことも含めて。そんな感じかな。


ー自分の中でまだ話しておきたいこと、残ってることっていうのがあったら。

ああ、うん。そうね、それ以上はそんなにはこっちから言うことはないのかな。