江藤真紀(53)

ーなんでその写真を選んだかっていうところからで。

えっと、この場所に来ると、ここはえー、花農家さんです。近所の花農家。近所というより自転車で15分くらい行ったところに花農家があります。ここは花農家さんの畑地です。
私は庭を持ち続け、持ち続けたい、庭を持ちたいという夢を持ってますけど、今は叶いません。多分叶わないです。
だけど庭を持ちたいと思って、空想の庭を想像する時、そういう夢を支えてくれる場所がここの花農家さんです。ここで切り花を買います。

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で、ここは武蔵野の花屋さんに花を卸している農家さんですけど、とても何代も続いた農家で、地味で真面目な、えー農家さんです。
もう奥さんを見れば、一目見れば、あ、農家な方だなとわかるくらいに、仕事に熱心な方だと思います。地味で花を作ること以外は考えてらっしゃいません。この写真の通り、ここの花は一見すると、そんなにきれいじゃないのかなあって思うんですけど、その日切った花を家に生けると、きれいな花屋さんで買った花とは全然違います。
それで、卸してる花屋さんが武蔵野市のにあるのですが、そこもいい花屋さんです。だからここに来ると、ああ私も植物を育てて、自分の庭を持つという夢を支えてもらえます。


ー自分の夢を支えるものじゃないけど、なんだろう。こういう庭を持ちたいなと思う場所なの。

そうですね。二枚あるけど。これが。
この写真のように一見乱雑に育ててるようですが、なかなかしゃれた花がいっぱいです。

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それで、ああ、そうですね。それとあと、ああ、ここに来ると、人はそんなにたくさんのものを選べるわけじゃなくて、夢を実現しようと思ったら、一つの夢しか実現できないんだなあとも思います。
ここで花を育ててる人は、本当に地道っていう言葉がぴったりなくらい無口な女性です。ああ、夢っていうのは黙ってないと叶わないんだなとも、そのとき思います。
で、その無口だからこそ言葉が少ないからこそ、本当に手に入れた時にああキレイなものなんだなってわかるのかなと思います。ただ、農家の畑はこの写真のように、花屋の花と違って、粗雑な感じがするんですけど、一旦切り花にするともう見栄えがする花ですね。だから、私も、ああいつか庭を持つんだという夢はきっとなんか支えてもらってるというか、そういう感じがします。

本当は実現した夢を人生の中で大切なものとして、えー写真にできたり人に喋れたりしたらよかったんでしょうけど、心の中の庭だけで。


ー今はね。

今はね。で、心の中に庭を持てるっていうことだけでも、えー大切なことじゃないかなとも思います。し、それでいいんじゃないかなとも思いますけど。


ーいつからじゃあ、この花畑、は見つけてる。見てきてる。

それは、あそこで、公団に引っ越したときだから。12〜3年前。
そうですね。11〜2年前。
でも家族は私がここで花を切り花を切って、えー満足をしているっていうことは、家の雑然とした中では埋没しています。誰も花を楽しむ人もいないですし、私がそういう花を、こう生活の中に張りに、気の張りにしているってこともそんなにはわからないと思います。
それでまして、庭を持ちたいと思ってる、こう渇望しているっていうことも全く、家族の共通の夢にはなってないと思います。
だからこそ、ここにくると、えーなんとなく支えられるという気はします。


ー人生が50何年ある中で、ここ10年くらいのものを選んだのはなんでなんだろうな。

ああ、えーっとやっぱりもう50過ぎたら、新しいことをこうするっていう風に、できるっていう風に、マスコミとか色んな本とか、啓蒙書で言ったり。あと三浦さんだっけ、エベレストに登ったとか言ってますけど、そうではなくて、50過ぎたら今まで蓄積してたことを磨くことによって、新しい世界に行けるんじゃないかなと思います。
それは実際に手に入れてなくても、突然50になって思春期の時のように新しいものに出会うというよりも、実はこういうものがあったんだって知ることで磨くことなので、ここ10年、そのなんだろう。


ちっさい時から、庭いじりが好きだったので、大きな庭の社宅に住んでたので、まあそれがこの農家さんで、こうなんて言うのかな、表に出てきたかなっていう感じですかね。
だから小さいとき庭いじり好きで、植物図鑑とかあと1年間の花の計画とか立てて、愛媛県の社宅で過ごした時期が懐かしい。それもあるんだと思いますけど。
ここ10年くらいのものを選んだというよりは、まあ植物はずっと好きでしたっていう感じでしょうかね。
ただ好きでも手に入れることができなかったものが、50過ぎたら手に入れたくなったというのがあるかなあ。うん。
まあそれと同じように、もう高い山は登ることなかったですけど、山歩きは急に始めたりするのも似てるかもしれないけれど。うん、そんな感じです。


ー憧れみたいな感じなのかな。この花畑。

そうですね、そうですね。憧れですかね。
庭と畑っていうか、商品、商品を育てる畑とは違いますけど、なんて言うんだろ。
ここの畑は、商品を育てるというよりも、本当に自然に、なんて言うんだろう、農家の人が何代も続けてきたとか、その農家の人と自然の気持ちでできてるなていう感じの畑ですかね。
例えば花屋さんにこれだけこうしろって言われて、依頼を受けてやる仕事じゃなくて、この土地があって、この人たちがいて、花があって、その切り花を売ってていう感じの、それが本当に自然な、地道な形で再現されているところじゃないかと思いますけど。
だから、本当は子ども時代の夢がそれと同じように自然に実現できて、年齢、年齢で実現されていくといいんじゃないかなあと思ったけれど、きっと小さな時に、土地のある、花を育てた記憶、犬を育てた記憶がちょっと途切れちゃったのが、今よみがえってるって感じですかね。


ー次は、夢についてなんだけど、夢についても喋ってたから、もっかい整理して、自分がこうやりたいて思ってることとか夢っていうので、別にこれに関係なく。

うーん、どうだろうねえ。これって人生の中で大切なものだよね。

やっぱり人生の中の大切なものって、そうねえ。それで、まあ心の中で庭を持ちたいってことがずっと続いたことはよかったかな。それでまた、あれしようこれしようと、庭を持ったらあれしようこれしようと思うことはよかったんですけど。あとなんだっけ、夢。これからの。
これからの夢ねえ。ははは。これからの夢はそんなにたくさんなくって。これに関して。
これに関してだったら、ここの農家さんから買った花は大切に水換えして、部屋で飾ることでしょうかね。


ーこれに関係しなくても。

これに関係しなくても。
まあ小さい時から好きだったものを、毎日の生活の中で取り入れて、ずっと一緒に暮らすことかな、夢と。うまく言えないなあ。これからの夢ってなんでしょうねえ。

これからの夢はなんだろう。これからの夢は、まあ今まで体験したことを大事に思うことでしょうかね。これは夢じゃないねえ。


ー大事に思い続けるって姿を持ち続けたいってことで。

うん、あと、若い人に押し付けがましい高齢者にならないことかな。
そうそう。実現しなかったことを、と実現したことと、厳しくこう突きつけられる年齢になりましたけれども、実現しなかったことにあまり執着しないことかな。
だから庭を持てなかったことっていうことが、執着じゃなくて、なんていうんだろ、ああ自分は庭は持てなかったけれども花は好きなんだって気持ちを支えてくれる場所としてここを選んだんだと思います。ああ、花とか植物が好きなんだってことを、支えてくれる場所としてここを選んだんだと思います。
植物園も好きですけど、植物園は病院と似たような感じがするけど、ここは本当に人の営みでできてる場所って気がします。


で、これからの夢は、一つ思い出した。北海道の個人の植物園ってありますよね。陽殖植物園。とても不思議な北海道の個人の植物園があるんですけど、そこに行ってみることですね。それは現実的な夢ですね。そうですね。
まあ、実現すれば、自分の、朝起きた時に、自分の庭っていうものが目の前に広がる土地に住みたいということですね。まあ、ね、あのー、おじいちゃんおばあちゃんが農家だったこともあるかもしれませんけど。ああ、そうですね。
そんな感じです。

そうですね。まあとりあえず、北海道の個人植物園に行ってきますね。有名なんだよ。



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