長田寛文(27)

ーはい、じゃあその写真をなぜ、宝物として選んだのか、どういう写真なのかっていう。

どういう写真か、まずどういう写真買って言うと、これはもう本当につい最近、7月の13日に、あの結婚式をしまして。
で、まあ結婚式に呼ぶ人ってけっこう、選ぶの大変で。もちろん本当に色んな知ってる人全員呼びたいのは呼びたいんやけど、まあ人数決まってるから。
まあその時に、えー、やっぱその中高大一緒の人とか、えーと家族とか、まあもちろんその嫁さん側の人たちとかみんないるんだけど。まあそこで、呼んで、やっぱ自分らの、まあ人生でけっこう一番でかいイベントなので、そのイベントに来てもらって、自分たちのこう結婚式を見届けてもらった人たちとのつながりっていうのは、すごいこれ1枚見たらすごい宝物だなあと思えます。
で、そん中でもなんかこう最近またもう一回ハワイに行ってきたんやけど、ハワイに行った時はバスケ部、中高ずっと一緒のバスケ部のやつらと行ってきたんやけど。そいつらだけにしようかなって思うたんや。その写真にしようかなって思ったんやけど。
でも、それだけが宝物というよりは、ここにいる人たち全員だし、まあ強いて言えば、本当インターン関わったみんなともそうなんですけど。まあでも選ぶとしたら写真では今一番これが熱いかなと思って。はい、そんな感じ。
で、ごめん、どんな写真であるかって言うのと。


ーあとは、そのなぜそれを宝物として選んだか。

なぜ、うーん。なんか宝物って言われてすごく難しかったのが、自分であんまりものとかっていうイメージがあんまなくて。なんかものとしてこれがすごい宝物ですとか、誰かからもらったからっていうのじゃなくて、なんかやっぱり自分を支えてくれてる人かなあと思って。うーん、だから宝物、ごめんこれ趣旨違う。


宝物写真










ーいや大丈夫です。

宝物って言われると、人との繋がりかなあと思ったよね。で、多分今後は、今嫁さんが妊娠してて子どもができるから、そっちの、子どもの写真にしようかなとも思ってんやけど。まあ、でもそいつが宝物になっていくんやろうなと思ってて。まあ支えてくれた人、自分が支えれる人みたいなのが宝物になっていくのかなあと思いますね。


ー支えてくれる人たちっていうのはどういう意味でこう大切だなあって感じるんですか。

うーん、どういう意味で大切。
なんかやっぱり自分は、うーん、社会に出てますます思ったけど、1人じゃ生きていけないやんか。うん、だから、なんて言うのかな、自分が生きていく中で、その自分が楽しく入れるのも、その、周りの人がいるからだし。
えーっと、悲しい時に立ち直ろうとした時も、やっぱ周りの人がいるから立ち直れるわけだし。そう、うん、そういう意味で、その自分の人生を豊かにしていく上で、周りの人って大事だなあと環境て大事だなあと思うし。その環境の中で、自分と強く結びついてくれた人たちっていうのは本当に支えてくれてるなって思いますね。
うん、まあまあ、職場の人もそうだし、まあ嫁さんもそうだし、家族もそうだし、うん、かな。ちょっと、なんかどう答えていいのか。そんな感じですね。


ーそういうのは、社会に出てからって言ったんですけど、いつからこう強く、ああ大切な人たちだなと感じるようになったんですか。

ああ。何個かあるな。何個かあって。
えーっと、まず一回目は、あれいつだ。なんかあんまりわかってなかったんだけど。
一つはまあ、あの、俺大学一年生の時にえーっと、大学一年生の時に、自営業だったお父さんのえーっと、ケーキ屋さんが、えーっと何から始まったんだ。大学一年生がけっこうなんか大殺界みたいな時で、あの一年生なって、えーっとおじいちゃんが亡くなって。で、おじいちゃん亡くなった時に、なんか亡くなってすぐお母さんが病気で倒れたのね。で、病気で倒れて、初めに言われたのが、なんか、もうこれは100万人に1人の病気だみたいなこと言われて。で、まあ、それかどうかは開いてみないとわからない。手術したりとかして。でも、それまで、こうおとんとおかん2人でケーキ屋をやってて。で、おかんがいなくなって、おとん1人でケーキ切り盛りするんやけど、けっこう経営状態も悪かったから、もうそこでおとん1人でできないってなって、おとん店畳んで。で、その18年続けてた店を畳んで。


で、おかん入院してんやけど、ずーっと仲悪かったから、おかん入院してる病院でもおとんが、こうなんか、お前のせいだみたいなこと言ったりして。けっこう仲がより悪化して、で、退院、結局病院は開いてみたら良性で大丈夫やったんやけど。なんか回復した後に戻ってきて、あの家庭がけっこうがつんとむちゃくちゃになって。で、もう離婚したのね親父とおかんが。で、それが離婚したってなった時に、けっこう、やっぱり、自分ではあんまりショックってそん時思ってなかったんやけど、多分ショックがあって。
で、まあ自分で自立しなあかんなあと思って、自分で1人暮らしとか始めんねんけど。その1人暮らし始めるにあたって、親どっちも離れてるし、なんかそれで学校行った時に、やっぱみんなといることですごく救われたし。アルバイト先で、そのバイトの店長とか、バイト仲間とかが良くしてくれたことってのがすごい支えになってたし。あれがなかったら、多分グレてたなあとか思う場面がすごい強くて。
そこでやっぱ、まず人大事やなあと思ったし。


で、もう一つあるのは、なんか大学、高校2年生から大学3年生、2年生か、まで付き合ってた女の子がいて、彼女がいて。その子も、まあ離婚するとかそん時もまあ支えてくれた子やったんやけど、その子とこうすごい劇的な別れをして。
そう、で、5年くらい付き合ってた、4年か、4年半付き合ってたから、そん時ではもう一番長い子やし、けっこうほんまに好きやったから、結婚したいなとかも思ってたんやけど。ま、それが別れを切り出され、で、俺がかなりショックを受けてた時に、こうバスケ部で一番仲良かったやつが、家まで駆けつけてくれて、1人暮らしの家まで来てくれて。で、なんか、お前はもう良くやったよ、お前はできるだけ限り、そうできる限りの愛は注いでたよ。お前を見る限りそれ以上はないと思うみたいなことを言ってくれて。
それですごい気持ちが表れた時があって、お、こいつもほんまに大事やなと思って。


そんなタイミングが大学時代に2つあったんかな。うん。で、そっからは、やっぱりあのすごく大事だなと思って、周りの人たちが。で、社会人になって自分が働く環境っていうのも、やっぱりこの人たちと働けてよかったなと思えることがたくさんあったし。
うーん、だからこんだけ支えてもらってるんやったら、自分も何か支えられるようなことをしなきゃいけないなって思える。
うん、そんな感じ。


ーじゃあ自分も支えられてるって感じる人だし、しなきゃなと感じる人たちっていう。

うんうん、そうですね。うん。
うん、そうやねえ。なんかものではなかったね。
なんか宝物って言われた時に、ものは全く思い浮かばなかった。


ー色んな人がいますけど、人の人もいます。

あ、人の人もいる。あー。
やっぱ人かな。で、人って言っても1人ていう風に、なんか、限定するもの難しかった。
うん。


ー自分にとってどういう存在になるんですか。この写真に写ってる人たちっていうのは。

どういう存在になるんですか。なんか今の自分を作ってる人たちだね。形作ってる人。


ー作ってるって言うのは、その考え方とかっていうそういうことですか。それとも支えられてるって意味ですか。

あー、どうやろうな。
支えられてる、いや性格とかもやと思う。考え方、価値観、性格やと思うわ。
ほんまに色んな人がいて、けっこう中高でいた時って個性強いやつが多いなあって思っていて。うん、まあまあ人間みんなそうやと思うんやけど。
うーん。
家の家族見てても、誰1人なんか同じような人っていなくて、すごいこう際立った個性があられる方が多くてですね。そんなんとか、あと大学時代の友だちもそうだし。

なんかその個性一つ一つと、まあ自分も、それと仲良くできるっていうのが自分の面白いとこかもしれへんけど。それでいっぱい色んな個性を吸収して、色んな人がいるんだなってことがわかって、だからこそ今こういう性格で、この仕事ができててっていう風になってると思うから。だから今の自分の人格を作ってる人たちなんだろうなと。うん。


ー大切なものの写真ということで選んだ、意味合いとしてはどっちの方が大きいって感じますか。

支えてる方か。


ーどっちもっていう感じだと思うんですけど。

ああでも支えてくれてるのが強いかな。


ーそれに付随して、自分が今こうあるのはこの人たちの影響だなとも感じる。

うん、そうそうそう。
うん、やっぱりなんか、あの時あれがあったから自分の性格こうなったなあっていう思いが先立つよりは、あのなんかふとした瞬間に、あああんなこともあったなって思い出を思い出して、すごいなんか、気持ちが和らぐとか、なんか苦しい時に、あの、苦しかったけどあいつの言葉があって、えっと救われたなあみたいな思い出が思い出されて、ああ大丈夫大丈夫俺は大丈夫、できることはやってると思うって言い聞かせるみたいなことでいくと、すごい思い出が支えになってる部分が強いかな。
うん。離れてもね。


ー他に、この大切なものっていう写真について心に残ってることとかありますか。

心に残ってる。言っときたいなみたいなこと。
そうやな。なんやろうなあ。なんやろうなあ。なんやろ。ちょっと幅が広すぎる。


ーなかったらないでも大丈夫。

うーん、一番言いたいこと。
やっぱでもけっこう自分の性格を作ってんのが、さっき言ったような話の中にあるからそこらへんに関わってた人ってすごく大きいかなあ。で、まあ一番やっぱ嫁さんは、そういう事実を全てこう見聞きしてくれてたというか、見聞きもして、うーん、まあ聞いてくれて、すごい理解をしてくれた人なので。うーん、なんやろうな、まあでもさっきのでな、さっきのかな、今一番言いたいのは。うん。
なんか同期もやっぱ大事やけどね、同期も配属が俺が採用になった時に、まあだいぶ、みんなそれぞれな配属違ったりして、俺なんでここなんやろうとか、なんでお前が採用なんやろうみたいな話なるけど。やっぱみんなが励ましてくれた。
長田やから絶対採用なんやみたいなとか。うーん、まああと仲良かったし。それがやっぱ支えやし、お前やから採用やねんって言われた時に、じゃあそれなりの仕事をやっぱしなきゃいけないなって思ったし。
実際ね、なんか採用のことやりたいって言ってたやつもやっぱりいたから、そいつが俺の行きたいところに行ってて、やったらお互い頑張らなあかんなあっていう話もしてたりしたし。そういう思い出とか思い出すと、ああ今も仕事頑張らなきゃなって思いますよ。
はい。ですね。


ー支えてくれるっていうのは、今も、頑張ろう、落ち込んだ時っていうことに限らず、今の仕事というか今あることを頑張ろうという気持ちにもさせてくれる。

させてくれるね。モチベーションを上げられる要因にはなってる。家族もそうかな。
けっこう、やっぱりうちの家族って、その、父親も母親も、まあどっちも、親父はなんかもう中学でもう学校終わって、そっから職人的な感じでケーキずっとやってたし。おかんも高校でそれで終わってて。もうずっとその、おとんと結婚、すぐ結婚したから、もう自営業ずっとやってて。で、姉ちゃんとかもなんかけっこう音楽やったりとか、なんか会社入ったけどやめたりとかってところがあって。なんかちゃんとした、ちゃんとしたって言うとあれだけど、普通のサラリーマン生活というか、普通の日本の普通の家庭のえーと、サラリーマン生活みたいなのしてる人がいないよね。

その中で、一応、そのうちの会社は、大手になっていてその大手でサラリーマンをしている。もちろんその、安定ではないねんけどね。けど、まあそういうところに息子がいるっていうのは、すごく、やっぱり心には思ってくれいるから。まあかつ、こっちの嫁さん側の家族の人たちもよくそういうことは言ってくれるので。まあそれがでかいからちっちゃいからって、関係ないとは思うねんけど。やっぱりそこで働いてる、で、そういう風に見られているっていうことはやっぱり、あ、しっかり頑張って仕事しなきゃなっていう風にも思うし。あとは、まあそうなってくると同期とか、えーっと、昔一緒やったやつらっていうのはライバルになってきて。同い年の奴らが例えば商社で働いてるとか、違う会社で働いてるところで色んな話を聞くと、やっぱ負けてられへんなと思うし。そういう部分でもモチベーションは上がるし。うん、大事かなあと思いますけど。


今回子ども生まれるていうのも、やっぱ不安やねん。なんも知らんやん。で、なんも知らんのに、なんて言うのかなあ、男やしさ、おかんに聞くとか姉ちゃんに聞くとか、あんま、あんませーへんのよね。暮らしをしてる中で。
それは、やっぱり男友だちで、自分より早くに奥さんがもう妊娠して生まれて、その時お前どんなんやったとか言ったら。なんかそういうちっちゃいことでも話せる仲間がいたりってのは、すごいやっぱり大事やなあと思います。うん。なんか、逆に尊敬したいねん。
ああ、あいつこんなしんどい思いをしながら、あんな笑顔で、みんなの前で集まってたのかって思うときもあるし。大変やったんやろうなあ、俺も今から大変になるんやろうなあみたいな、怖い。そんなとこかなあ。


ー次は話題が変わるんですけど、自分のこう夢、やりたいこととか、なりたい姿とか、仕事にも限らず、生活全体を見た上で。

ああ。俺けっこう夢はあまり変わってなくて、めっちゃ抽象的やねんけど、自分の家を構えて、えっと家族がしっかり安心して帰ってこれる家庭を作る。っていうのが一応夢で。
もうなんかバリ普通やん。めっちゃ普通やねんけど、やっぱ自分の中で強いのが、普通ってすごいなっていう。あの、普通に生活できてる、普通に家族として成り立ってる、普通にこの世の中で普通の生活できてるって、まあ普通の定義にもよるねんけど、やっぱすごいなあって思っていて。その普通ができる人にはやっぱりなりたいなって思ってる。
で、これからその日本がどんどんなってるから、経済状況難しくなってきたりとかよく言われるけど、その中で今考えてる俺らが暮らしてきた普通っていうのを体現するのは相当キツいと思うよね。色んな本読んでも思うけど。
だから、やっぱその普通の、今感じてる普通の家庭っていうのを作り上げるというのはけっこう夢で。なんかここに帰ってきたら親父がいるんだとか、ここに帰ってきたらご飯が食えるんだとか、なんか、そういう場所は子どもたちに作りたいなあと思うし。まあ子どもがそういう自分の背中を見た時に、あ、こんなお父さんなりたいなって思ってもらえるような人にはなりたい。


俺はもう、自分の父親見て、すごいと思うところはあるけど、こいつになりたいとは全く思わへんし。思わへんし、なんか、安心して帰れる場所っていうのが今のところないから、なんかそれが嫌なわけじゃないけど、子どもにそんな余計な思いはさせんでええかなとは思ってて。ていうのはずっと大学時代から思ってることかな。うん。
そやったら、もっと準備せなあかんこといっぱいあんねんけど。まあけど、違う、それに向けて頑張ってるって感じかな。まあそれが実現できるんであれば、別にその何を仕事としていようと、あんまり俺は、うん、まあなんでも自分がやりがいを得れてたらいいかなとは思う。うん。


ーそれは自分が経験してきたことがやっぱり影響大きいですか。

うん、かなり大きいですね。かなり大きいです。
自分が、自分が見てきたこと、自分が体験してきたこともそうやし、あのやっぱ周りから聞くことでもそうやけど。やっぱ色々見えてくるやん、大人になってきたらさ。なあ他の家庭のこととかもさわかってくるから。なんかやっぱ普通って難しいなあと。
普通に父親母親がずっと仲良くいて、子どもが親を尊敬できるような家庭ってすごい、やっぱ作んの難しいんだろうなってすごい思うな。


ーじゃあ今はそれを実現するためにというか。

そうやね。
それ実現するためにはやっぱ父親がやりがいあることを仕事としてやってないと、多分尊敬してくれないと思うし。で、仕事一生懸命やってないと、うん、まあまあ家庭を顧みずに一生懸命やるってのはちょっと微妙かなって思うけど。
ある程度家庭もちゃんと見ながら、一生懸命やってて、お父さんあんまいないけどまあ僕らのこと思ってくれてるよねとか。それが大人になった時に、お父さんてしんどかったんやろうなとか思えるのはすごく大事なんかなと思う。
だからそれのためにも、仕事は頑張らなきゃいけないし、お金も作らなきゃいけないし、嫁さんも愛していかないといけないし、交友関係も広くないといけないしなあっていうのはある、かな。
うん。なんかちょっと漠然としてて、いっつも俺も自分で思いながら、なんか明確にじゃあこんなイメージみたいなんが、ないのがあかんかなあって思うねんけど。
けっこう自分ではそのアバウトさが案外色んな世間の荒波にもまれた時に、あの、その場で答えを修正して、あ、でもこういう道でもこういけるなとか、こういう道でもこういけるなっていう柔軟性を持ててる部分なのかなと。なんか繊細な部分もあるけど、けっこうおおざっぱな部分も強いから。うん、上手くやれてるのかなと、病気にもならずに。


ーそれは大学時代からだいたい思ってるかなっていう。

そうやなあ。うん。なんかあの状況になったときも、でも逆にこれはもう自分が自立するいい機会やなって捉えるようになったし。うん。うん、そうだね。


ーじゃあその帰って来れる家を持ち続けるというか、維持し続けていきたいみたいな、最終的には。

最終的にはね。でも、こう難しいよね。もうなんか、今買うのか、今買わないのかとか、今買って満足な家が建てれるのかとか。すごい難しい。そこらへんがこう現実に直面した時に、あ、やっぱ難しい、難しいねんなって思うね。
持つんやったら大阪に、兵庫、地元に持ちたいなあとかって気持ちもあるし。で、今持ってもしゃーないな。すごいそれは難しいな。で、自分の性格上、計画を立てて、みっちりこの期間までにこれを絶対こう進めるんだ、みたいな感じの人じゃないから、そうできたらな、かっこいいし、ええねんけど。そうじゃない部分が、ちょっと、修正せなあかんなと思う場面もあるし、そうじゃないからいいところもあるんやなと思って。
うん。そんなとこかな。


ーじゃあ夢に関しても、だいたい。

夢に関して、だいたいそんな感じっすね。
ただ最近仕事をしてきて、夢というか、こんな風にえーっと成長していきたいなっていう道筋が、ちょっとだけ見えてきて。あの、最初営業やりたいと思って入ったんやけど、採用になって。正直1年目って、えーなんでなんみたいな感じやったんやけど、えー、すごくやっぱ面白かった。2年、3年、4年やって。で、でもまだ営業やりたいって思ってて。
で、なんでかって言うと、その最初営業やりたいって思ってた気持ちよりは、なんかもっとその事業を体験してみたい。そのやっぱり、スタッフ職で俯瞰してみてるだけだったら、お客さんがどんな顔して買ってるとか、どんな顔してることに自分はどんな提案できるんだろうとか、どんなこう臨機応変さを利かせれるんだろうみたいなところが、自分のは肌感としてないから。やっぱそれは事業体験したいし、そもそもどっちの方が自分がやりがい得れるかっていうのは見てみたい。
スタッフ職で、まあでも採用って学生と対峙するから、それ学生と話をしてる時に、あ、自分役立ってるかなとか、長田さんの説明会聞いたからどうでしたみたいなの、まあ得られんねんけど。でも、もうちょっとシビアになってくるやんか。まあまあ、今もシビアなんやけど。


その商品買うとか買わないとかなってくると、その人のそのコストの話もあるし、まあお金が発生してくるとか、まあ人生発生してんねんけどこっちは。
でも、そのなんかちょっと違うシビアさの中で、自分がどう機転を利かしてその人の役に立てるかっていうのは見てみたいし、それ役に立った時に、やりがいとしてはどっちの方が大きく得られるのかっていうのは見てみたいと思って。
で、ただ正直、今うっすらと考え、思ってるのは、多分人に関することの方がやりがい感じるんやろうなと思ってて。だからこれも経験した上で、えっと、もう一回そういうスタッフ部門、もしくは自分がマネージャーになって、えーっと、その部下というか、周りの人たちと一緒にとか、周りの人たちを成長させるみたいなことをやって、事業の中で。その上で、そのまたスタッフ部門、事業を動かすとかそういう部門に入れたら面白いのかなと思ってる。それは、それはちょっと、ちょっと見えてる。そんな出世できんのかなあみたいな感じはあるけど。やりたいな。うん。


ーと思ってますと。

と思ってます。はい。


ー普通っていう話を、やっぱ作ってくれた人たちっていうのも、やっぱ周りの人たちってことなんですかね。夢を自分で思うようになったってのはやっぱそういう人たちが影響してるってことなんですかね。家を構えてって、色んな話を聞いてって話をしたと思うんですけど。

うん。そうやね。
なんか、普通に行きついたのは、俺中高がけっこうなんか、えーっと坊ちゃん学校やねんね。すごいぼっちゃん学校って言われていて、本当にお金持ち、本当に社長の息子さんとか、本当にお金持ちの人がいる中で、でもけっこう片親の人とか、で、けっこう苦しんでる人とかもいて、けっこう二極化してる。
で、自分はその自営業やってて苦しいながらもまあその高校行かしてもらってますよみたいな感じやったんやけど。でも、こうなんか、こっちすごいお金持ちの人たちもすごい色んな悩みを持ってて、お金持ちなりの。で、俺らは俺らなりの、困りごとがあって。すごい、やっぱ普通に生活してる人、まあそん中にもいんねんけど、普通の家庭、なんて言ったらいいんかな。わかるかなニュアンス的に。
このどっちでもない人たちって、すごいやっぱり幸せそうに見えたんよね。うーん、だからそういう家庭作りたいなっていう。だから周りの人が作ってくれたって言えば、作ってくれたかもしれないけど、自分の体験、自分の、何言ってるかわからんくなってきたな。周りの人が作ってくれたんかなあ。
まあその高校に入ったからこそ、だからその環境、その友だちたちとあったからこそ、普通っていうのがすごいことだなとか、いいことだな、幸せなんだろうなみたいなのが、すごい感じたかなあ。
なんなんでしょう。こんな感じでいいんでしょうか。


ー自分の夢とこの大切なものの写真、繋がってるなあって感じるところってあったりしますか。

繋がってると感じること。
そうやね。特に家庭からは、自分の家族からは感じますね。自分の家族がこういう家族だったから、それを求めるていうところはあると思う。あとは親父を反面教師にするとか、はあると思うし。
さっき言ったように、友だち、その高校に入ってできた友だちがいたから、なんかその普通のよさみたいなのが気づけてるのかなと、なんかそんな風に思うかな。


ーあとはその人たちがいるから、夢に向かってというか、それを目指して今を頑張れる。

うん。まあそれはみんなに言ってることではないけどね。自分の中で消化してることやけど。うんそう思えるかなあ。恥ずかしいっすねなんか。


ーなんか他にありますか。

なんか他に、夢、宝物系で。
この話でなんか他にエピソードがあるか。
あんまないかな。
大丈夫かな。うん。