自分の認知の外へ出ること

育って来た環境、暮らしている環境の中で
私には私なりの世界の見え方ができたように思える。

親の影響や学んで来た内容、所属した組織に影響されながら
それは形作られてきた。

今ある世界の見え方、つまり私の認知の仕方というのは
何通りもあるうちの1つで、正しいとか間違いだという感覚は
必ずしも他の人とは一緒ではないということをわかっておかなければならない。

またそのように凝り固まった認知の仕方では
日々の中で起こる事象や目に入るニュースを
1つの視点からしか見ることができず、本質に近づけないこともある。
単純な問題や課題であれば、少ない視点でも近づくことができるが
私たちが生活している中で起こる様々な事象や課題は
非常にたくさんの背景や問題が絡まり合っていることがほとんどである。

学問を学ぶというのはこの視点を増やしていく感覚に近いのかもしれない。








現代美術や大自然の中に入ることは
ある種、自分の認知を飛ばすこと。

普段、スマホの画面に目を通し
大都会のビルの中で過ごし
PCの中に自分の考えを表現していく中で失われる身体性。

その真反対に身を投じることで
私は身体を取り戻していく。

その経験の中で、琴線に触れるものを
拾い集めることで、私は私を知覚していく。

そして、それまでの見方とは
全く違う見方で世界を認知する。

河本一衣

ライオンズが勝った

ライオンズが勝った。
中盤投手陣が打ち込まれて
もうダメかなと思わせる展開だったんだけど
終盤に追いついて逆転勝利。

ライオンズが勝った。
ずーっと点の入らない試合。
最後にホームラン。

ライオンズが勝った。
今日は初回から派手にドカーンと
気持ちのいい試合。
まだ6回なのにいい気持ちになって
そのまま。

ライオンズが勝った。
毎日負け越してばかりの私の日常の
ちょっとした支え。
光る画面越しにもらう明日への元気。

河本一衣

今日は本当に

おめでとう

朝までバカやったあの頃
アホみたいにお酒飲んで騒いで
美味しかったよな467のラーメン
中盛 太麺 ネギ増しで
説教された夜もあったっけ

針が指すとこ目指す僕らの旅
君は一番最初にブルショット
新たな人生を歩んでいく
でもそれは別れじゃないよ
また一緒に投げよう 僕らも続いて投げるよ

今日は本当に

河本一衣

ある春の日

暖かい春の光
中央線で新宿へ

何気ないいつものいい君とのお出かけだと思ってた
何をすることもなく駅を回る
うつむく君 何もしない僕 何もできない僕

わからないまま中央線でお別れ
まさか最後になるなんて思わなかった

今の僕なら うまく立ち回れただろうか
今の僕なら

好きとかを通り越して ただ元気ですか
ただ元気ですか

ある春の日

河本一衣

お金と気持ち

お金はありがとうを表現している。

ある人のこと少しだけ手伝ったら、1000円くらいのお昼とコーヒーをおごってもらった。
その夜、いつもお世話になっている人の誕生日ということで
1000円ほどのお酒を買って、お祝いをした。
店を出る時、ありがとうということで1000円ほどまけてもらった。

世の中はお金じゃないと言うけれど
それでも私たちはお金で自分のありがとうの気持ちを表現している。
あの人からおごってもらったお昼
また別の人からもらったお菓子
一杯いただいたお酒
全てそれはありがとうのしるしだと思う。

何気ない1日に気づいたそれは、大きな気づき。
私がいつももらっている給料というお金は
多くの人のありがとうが繋がり。

それの使い方は私が決めることであり
私だけのために使うこともできる。
でも私は私の中にあるありがとうを表現するために
それを使うことも必要だと感じている。
それが私の生き方なのだと思う。

それを気づかせてくれた何気ない1日に感謝しなければならない。