東日本大震災から5年が経ちました

当時は大学1年から2年に上がる年の春休み。

前日から大学を卒業する先輩たちと旅行に行って、
帰ってきてゆっくり昼過ぎに寝てたのを覚えている。

最初の地震の2時46分に目が覚めて大きい揺れを感じた。
でもその時は大きい地震でやばいなって思ったんだけど
収まった後に大丈夫かなって思ってまた眠りに入った。

そのあと3時過ぎだったかな、もう一度揺れが来て
これは本当にやばいんじゃないかなって思って
すぐにテレビをつけた。
その時は神奈川に一人暮らしをしていてたしか震度5だった。
生きている中でも一番強い地震だった。
家族に連絡をしてもつながらず何をしたらいいかわからずずっとテレビをつけていた。

深夜に父と連絡がつき職場からのスカイプでビデオ通話をした。
首都圏の交通網は完全に麻痺していて、2時に職場を出て最寄駅には行けず
1時間ほど歩くルートで家に帰ったらしい。
京都の祖母に連絡をした時に、おじさんが仙台に住んでいたので
相当焦って話していたのはかなり印象的で、今でもよく覚えている。
(後日、女川の病院から救助されたと連絡があった)

私の住んでた地域は計画停電で度々真っ暗になっていた。
電気がない街というのは本当に真っ暗だった。治安も悪くなっていた。
大学も1か月遅れてのスタートが決まったり、予備校のバイトも不規則な感じで
バタバタな1か月だった。

大学が再開してのすぐに
平野啓一郎さんがゲストスピーカーという形で授業で登壇した。
その時に話されたことを受けて私は被災地を自分の足で赴くことを決心した。
「僕たちが普段見ている景色っていうのは、スケール化されたものなんだ。
テレビも新聞も津波の凄さを教えてくれるけど、それは画面の大きさ、紙面の大きさに変換されたもの。
実際に自分の足で行くと、自然のエネルギーの大きさがわかる。」

その夏に実際に被災地を回った。
大学の友人と石巻から気仙沼まで車を借りて海岸線沿いを走った。
この時の経験が私の価値観に大きく影響を与えていることは間違いないことで
おそらく今も続けているインタビューを始めることもなかっただろうと思う。

あの震災から5年が経ちました。
僕はこの夏にもう一度被災地を回ろうと思っていた。

この5年という月日が近くなるにつれ
テレビを回していると被災地の話がよく流れてくる。
僕の働く会社でも3月11日の2時46分に合わせて
起立し、黙祷が行われた。
映画祭も、チャリティーライブも行われて、
この5年という年月が”もう”なのか”まだ”なのかは置いといて
大きな区切りのような数字なんだろうと感じさせる。

ただ私が一番気になった言葉はテレビを見ている時に出た被災地の方の言葉だ。
「震災から5年経つと言われるけど、私たちにとってはそれはなんの区切りでもなく
折り返し地点でもない。」

僕らから見えている5年とは違うということを改めて感じさせられた。
今までで一番大きい地震を感じたと言っても、神奈川で震度5だ。
私の知り合いで亡くなった人はいないし、停電や家屋が壊れたわけでもない。
どこまでいっても、何をしても、僕は当事者にはなれない。

それぞれの人にとって、”まだ”、”もう”、”やっと”5年。
もう一度東日本大震災を見つめ直して、自分にできることは何か
どう何を選択することで幸せなのかをそれぞれの人が考えるきっかけとなる5年目だったら
意味はあるのかなと僕は思う。

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